解決志向ブリーフセラピー中心哲学を体感
弊ブログに訪れてくださりありがとうございます。
息子についてお話しさせていただきたいと思います。
以前は1日も休むことなく毎日通学していた元気な子でしたが、交通事故のPTSD(心的外傷性ストレス障害)の影響で事故後の約2年半学校生活に適応できずにおりました。登校途中の事故だったこともあり、学校に行くことそのものが大きなストレスになっていたのだろうと思います。
そんな息子を連れ海外転居をし、2ヶ月が経過しました。
英語が全く話せない状態で通い始めたインターナショナルスクール。
初めの2週間は、「日本に帰りたい。」「英語がわからなくて学校行きたくない。」「明日は行かない。」と言い続けていました。それでも朝になると私は娘を学校に送るために家を出てしまうので、慣れない海外で一人で留守番するのも心細いのか、しぶしぶ登校する。学校に着いてしまうと、「帰りたい」と先生に言うこともできず一日学校で過ごす。・・・を繰り返していました。それでも、休むことはありませんでした。
2週間を過ぎた頃から、学校でクラスメイトや先生がよく使う言葉を覚えてきて、「◯◯ってどう言う意味?」「◯◯って、こういう意味だよね?」と言うようになってきました。その頃から、お友達の名前を覚え、お友達の話をするようになりました。
1ヶ月ほど経つと、「友達がいろんな運動を習っている。僕も何かやってみたい。」と言い、トランポリン教室に通い始めました。事故の後、それまでやっていたお稽古をほとんどやめてしまったので、Hが自分から何かをやりたいと言い出す事は大きな変化でした。
2ヶ月経った今では、朝は自分で起きて身支度をするようになり、お友達と約束をしてきて一緒に遊ぶこともあります。学校での英語生活は、幸いクラスに日本人のお友達がいて、日々助けてもらっているようです。週2回のトランポリン教室も徐々に上達しています。レッスンが終わると、「足の筋肉ついたでしょ!」と自慢げです。
解決志向ブリーフセラピーの中心哲学に掲げられている3つのルールがあります。
そのうちの一つに、
「もし上手く行っていないのなら、なんでもいいから違うことをせよ」
というものがあります。
海外転居という「違うこと」によって息子が動き出した、変わりはじめた、中心哲学の言葉通りの出来事だと感じました。今までは、「違うこと」が見つからなかったのかもしれません。もしくはあったけれど気づくことができなかったり、活かせていなかったもかもしれません。
日本を出る前は、実は私がとても不安でした。息子を支えきれるかどうか自信がなかったのだと思います。そして、息子の力を信じられていなかったのだと思います。
しかし、シンガポールへ来ること決めた時点で、それを実行した時点で、息子は前に進み始めていました。それこそが、息子の中の大きな変化のパワーだったのだと気づかされました。
インターナショナルスクールは1年のカリキュラムが終わり、サマーホリデーに入りました。終業日の朝いつものように20分かけて歩いて登校している時、「初めは、学校まで歩くのが本当に遠くてそれだけでぐったりだったんだよ。でももう全然平気になった!前より近く思うようになったんだよね。」と話してくれたH。気力も体力も上向きになり、自信が出てきたのかもしれません。
そうは言っても、まだまだ疲れやすかったり、慣れない環境でいっぱいいっぱいになっている様子も見られます。頑張りを労いながら、本人のパワーを信じてあげたいと思います。
クラス写真に笑顔を見せるH
最後までお読みくださりありがとうございました。
このご縁に感謝いたします。
認知行動療法メンタルトレーナー
いくえ